審判の偉大さ

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6月24日(土)は、ケチョラク(Quecholac)で開催された大会に出場した。今回主催した人物は私と同じ年齢で道場を運営しているファビアン先生。出場者は空翠会の道場生だけだったため、おおよそ50人前後と規模は小さいが、立派な会場での大会であった。

本日私は人生で初めて審判と選手を同じ日にこなした。もともと選手として試合に参加するよう、フィリオ先生から指令が出ていたので準備はバッチリだったのだが、大会前日の稽古後にいきなりフィリオ先生から当日は審判もするように追加での指令が出たので『頼まれごとは試されごと』の性分が染み付いている私にとっては「YES」以外の返事ができなくなっていた。

当日、大会は空翠会のオリジナルルールで開催された。私はJKF(全日本空手道連盟)やWKF(世界空手連盟)などが発行する正式な審判ライセンスを取得している訳ではないし、審判の経験も国際武道大学の選考会で「少しやったことがある」ぐらいのレベルである。なので、選手として試合に出るよりも緊張していたかもしれない。

なぜなら周知の通り、審判は選手の勝敗を左右する重要な役割を担っており、同時に責任も伴う。そこまで重く捉えている人も少ないかもしれないが、基本的に物事を重く考えすぎてしまう私にとっては、海外特有の選手に向ける声援を目の前にしてそこまで深く考え込んでしまっていた。改めて選手同様、審判にも練習は必要であり、鋼のメンタルが必要。そして審判講習会の重要性をひしひしと感じていた。

私の試合結果については、形・組手ともに優勝しました。

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